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福岡地方裁判所小倉支部 昭和30年(ヨ)245号 判決 1956年9月13日

申請人 田島利男

被申請人 古谷博美

主文

本件仮処分申請は之を却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

事実

申請代理人は「被申請人が申請人に対して昭和三十年四月七日附でなした解雇の意思表示の効力を停止する、申請費用は被申請人の負担とする」との判決を求め、其の理由として被申請人は小倉市において小倉炭鉱という名前で石炭の採掘販売事業を経営しているもので、申請人は昭和二十九年九月より被申請人の経営する小倉炭鉱の鉱員として雇われたものであるが、被申請人は昭和三十年四月三日に起つた申請人の傷害被疑事件(此の事件は福岡地方検察庁において起訴猶予となつた)を理由に、同年四月七日申請人に対して就業規則第九十四条違反として懲戒解雇に処する旨の意思表示をした。然し右解雇の意思表示は次の理由により無効である。即ち申請人は昭和三十年二月二十一日申請人の勤務場所である小倉炭鉱二坑において勤務時間中に釘を踏んで負傷したので公傷認定をうけ同年二月二十二日より二月二十五日迄及び三月十七日より三月十九日迄休業療養し、三月二十日から再び就労するようになつた。被申請人が申請人を解雇したのは申請人が公傷による療養のための休業期間を終えて十九日目のときである。労働基準法第十九条第一項によると公傷による療養のための休業期間及び其の後三十日間における解雇は禁止されて居り、同条は公務傷病の労働者を保護する最低限の保障で労働者保護のための強行規定であつて、単に解雇の手続をきめたのではないから右期間内に行われた本件解雇は無効である。又小倉炭鉱の労働協約第七十二条は労働基準法第十九条第一項と同趣旨のことをきめている。労働協約のなかに労働基準法第十九条第一項と同じ内容のことをきめたのは使用者が労働基準法第十九条第一項に違反する解雇をしないことを労使相互に誓約し合うたものであり、この協約の成立によつて労働基準法第十九条第一項に違反する本件解雇は労働者保護のための強行法規に違反すると同時にあわせて労働協約にも違反して無効である。更に又小倉炭鉱の就業規則第十八条第一号にも右同趣旨の規定がなされている。労働基準法第十九条第一項や、労働協約第七十二条と同じ内容を就業規則のなかに取入れることによつて、使用者は労働基準法第十九条第一項や労働協約第七十二条に違反する解雇をしないという拘束を自らに課したことになるので、本件解雇は右就業規則にも違反して無効である。

申請人は本件解雇処分をうけて以来、申請人の所属している小倉炭鉱労働組合を通じて右解雇処分の撤回を要求してきたが被申請人は之に応ぜず申請人の生活は極度に窮迫しているので本案判決にいたるまで本件解雇の意思表示の効力を停止する旨の仮処分命令を求める旨陳述した。(疎明省略)

被申請人代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として申請人主張の事実中被申請人は小倉市において小倉炭鉱という名前で石炭の採掘販売事業を経営しているもので、申請人は昭和二十九年九月より被申請人経営の小倉炭鉱の鉱員として雇われたものであるが被申請人は申請人が昭和三十年四月三日森林公園に於て花見の際申請外山内徳義と口論の上其の腹部をジヤツクナイフで突刺し同人に対し全治五日間を要する傷害を生ぜしめたので、之を理由に懲戒解雇の意思表示をなしたこと、申請人が昭和三十年二月二十一日勤務場所で勤務時間中釘を踏んで負傷し、公傷認定をうけ昭和三十年二月二十二日より二月二十五日迄及び三月十七日より三月十九日迄休業療養したことは認める、被申請人は申請人の前記傷害事件により同人を昭和三十年四月七日懲戒解雇をなすに際し、小倉労働基準監督署長に対し労働基準法第二十条第三項第十九条第二項但書に則り解雇予告除外認定の申請をしたところ同署長は解雇予告除外の認定をしたが、同年四月十八日迄は解雇出来ない旨の条件が付せられたので、被申請人は右条件に従い同年四月七日申請人に対し同年四月十九日に懲戒解雇をなす旨の意思表示をなしたものである。従つて被申請人は同月八日から十八日迄十一日間の休業手当として平均賃金全額を休業手当として支給することとしたもので、申請人主張の様に四月七日に解雇したものではない、しかも、本申請は単に申請人の生活上の保証を求めるのではなく、其の基本的な解雇其のものの法律的効力を決定する事を目的とし且つ理由としているのであるから、仮処分の必要性を欠ぐものであると述べた。(疎明省略)

理由

被申請人は小倉市において小倉炭鉱という名前で石炭の採掘販売事業を経営しているもので、申請人は昭和二十九年九月より被申請人経営の右小倉炭鉱の鉱員として雇われたものであるが、被申請人は申請人に対し同人が昭和三十年四月三日惹起した傷害事件を理由に就業規則第九十四条違反として懲戒解雇の意思表示をしたこと、申請人が昭和三十年二月二十一日勤務場所で勤務時間中釘を踏んで負傷し公傷認定をうけ同年二月二十二日より二月二十五日迄及び三月十七日より三月十九日休業療養したものであることは当事者間に争がない。

「条件、田島利雄は四月十八日迄は解雇されない」との記載部分は証人原田真一の証言により真正に成立したことが認められ、爾余の部分については成立につき争ない乙第一号証、及び証人溝脇武、同蛯谷武弘(一、二回)同福島幸雄、同島津太助、同中村実の各証言並びに申請人本人訊問(一、二回)の結果を綜合すると被申請人は、申請人が業務上の負傷により公傷認定をうけ、昭和三十年三月十九日迄療養の為休業し居りたることを気づかないで、昭和三十年四月七日申請人に対し懲戒解雇の意思表示をしたものであることが認められる。証人原田真一の証言並びに乙第二号証中には右認定に添わない供述及び記載があるが該供述並びに記載は前掲各証拠に照し採用しない。他に右認定を動かすに足る疏明はない。

労働基準法第十九条の解雇制限の中に労働者の責に帰すべき事由に基いてなす懲戒解雇を含むか否かは問題であるが、同条が雇傭関係より生ずる業務上の負傷、又は疾病にかかつた労働者、並びに産前産後という特別の事情にある女子労働者を保護する為に特に設けられた規定であり、同法第二十条は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合には即時解雇を認めているに拘らず同法第十九条には之を認めた趣旨の規定が設けられていない事、等よりして同法第十九条の解雇制限の中には労働者の責に帰すべき事由に基いてなす懲戒解雇をも含むものと解すべきであるから同条の規定する解雇制限期間内に於ては懲戒解雇をなすことも許されないのである。

従つて被申請人が申請人に対し昭和三十年四月七日に同日をもつて即時解雇する旨の懲戒解雇の意思表示は不適法でその効力を生じないものというべきである。然し乍ら同法第十九条は同条の規定する条件の下にある要保護労働者の為に特にその労働者の地位を一定の期間内確保するのが目的であるから、解雇制限期間内と雖も解雇制限期間の満了を条件とし或は解雇制限期間が確定している場合はその確定した期間を期限として、解雇の事由に応じそれぞれの要件を充たして予め解雇する旨の意思表示をなすことは許されるものであり、予告期間を定めず、予告手当も支払わないでなす懲戒解雇の如きは、むしろ解雇制限期間内に解雇制限期間の満了を条件とし或は期間として予め之をなすことが要保護労働者の為には適当であるとさえ考えられる。

ところで本件懲戒解雇の意思表示は前記認定の様に偶々被申請人に於て申請人が業務上負傷した為の解雇制限期間内であることを知らなかつたため、被申請人は其の期間内である昭和三十年四月七日になしたものであるが、右意思表示は申請人の非行により被申請人と申請人との雇傭契約を出来るだけ早く解除しようとするもので、右意思表示の時にその効果を生じないものであれば之をなさないというのではなく、若し解雇制限期間内として其の効力を生じない際は右制限の満了と同時に解雇する旨の意思をもつてなされたものであることは弁論の全趣旨に徴し之をうかごうことが出来る。

そうすると申請人が業務上の負傷により昭和三十年三月十九日迄療養のため休業していた事は当事者間に争がないので、其の後三十日即ち昭和三十年四月十八日を経過した同月十九日に本件雇傭契約は懲戒解雇により解除されたものといわざるを得ない。

従つて解雇の無効を前提とする申請人の本件仮処分申請は爾余の点について判断する迄もなく其の理由がないからこれを却下し、訴訟費用の負担につき同法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 古賀俊郎)

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